国際プロレス
三沢追悼特集EAST
三沢追悼特集WEST

追悼 三沢光晴〜もう十年以上も見てきた…、こんな風景〜


一番上の写真をご覧いただきたい。いわゆる゛四天王時代゛全盛期の三沢光晴vs川田利明、ドル箱カード。
この時、勝ったのは三沢だが、勝ち負けにかかわらず、この頃から現在のノアに至るまで試合直後のマット上は、いつだってこんな風景だった。

UWF選手の出戻りで格闘技プロレスを展開し支持を受けていた新日本に対抗するかのように始まった『カウント2.9プロレス』 『ノーガード大技受身プロレス』
しかし、それはまだ三十路にさしかかる、これからプロレスラーとしてのピークを迎える時期であったこそ、あの激しすぎるパフォーマンスも日常と成しえたはず…。

あれから十年以上…いや二十年近くも、精魂尽き果てるようなファイトを続けてきた。
四十過ぎると若手のキツイ攻撃はまともに受けないベテランが多いらしいが"キング・オブ ・バンプ"三沢のスタイルは”あの時”のまま。
だから、三沢や小橋のファンも”あの時”から変わらず熱狂的なのだ。

かつて、猪木ファンは”信者”と言われるだけあって、馬場ファンとは比較にならないほど熱狂的でもあった。
ところが、弟子の闘魂三銃士と四天王の時代になり、ファンの熱さは、馬場の弟子である三沢たちの方が上回っていた。
馬場がレスラーとして猪木にどうしても勝てなかったのエキサイティングな会場の熱を集めることができた。

スキャンダルでもアングルでもない、ただリング上の激しいファイトがあるのみ。
寿命を縮めたり、不幸にして今回のように命さえ失ってしまうこともないとは言えないレベルの内容を生涯まっとうした三沢光晴の人生。
世界のプロレス史上を見渡しても絶命するその日まで、トップレスラーでいた人間なんて、そうはいないだろう。
儚いし、むなしい想いは振り払えずにいるが、同じ時代を生き、こんな伝説のレスラーを若手時代から目にすることができたことを感謝したい。

”永遠のキング・オブ・バンプ”安らかに…。

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